歴史のオマケ:39

神使/4

江戸の物知り:2 江戸の人々は金魚や小鳥、虫などそれぞれ好みのペットを飼っていた。
当時の人は今の現代人と同様、ペット好きが多かったみたいだが、そ
の代表はやはり犬と猫だった。犬の中でも座敷犬として人気があったのは小型のチン。
しかし大名達の間では庶民が「鹿のように大きい」と驚いた大型犬を飼うことが
流行していたという。「江戸図屏風」には確かに鹿ほどもありそうな大きい犬が描かれていた。
狩猟用のグレーハウンドのようだが、当時は南蛮犬とか唐犬と呼ばれた
オランダなどから輸入された珍しい犬だった。

「江戸図屏風」に描かれているのは鍋島信濃守邸の門前付近を帯刀の男2人が
それぞれ大きな犬を引き連れ歩いているところ。でもよく見ると、むしろ犬に
引っ張られているようにも見える。犬を引き連れた男は犬牽(いぬひき)といわれる
小役人だが、子連れの女がその犬を見て怯えている様子も描いている。
この南蛮犬は勇猛なだけに狩猟犬や番犬にもてはやされたという。
もっとも大名達は勇猛で珍しい犬を一種のステータスシンボルとして飼いならし、
権威を誇示する道具として自慢しあっていたようだ。

「絵本江戸風俗往来」は明治38年刊行の本だが、これは菊池貴一郎(4代目広重)が
幼い頃に過ごした江戸市中の様子を書いたもの。その中に子供達が共同で
犬を飼う話が出てくる。それによると江戸中どこでも野良犬が子犬を産むと、
子供達は力を合わせて裏長屋にあった雪隠(共同便所)のうしろとか、
掃溜(ゴミ捨て場)の隅などに犬小屋を作って、その中に母犬と子犬を飼い、
母犬の乳がよく出るようにとなけなしの食べ物を持ち寄ったという話だ。

では小型犬のチンはどうだったというと、チンをよく飼っていたのは豪商夫人や妾、
はたまた高級な遊女や大名夫人などだった。チンというのは実用性のない愛玩犬だったが、
小さくて飼い易かったのか人気を集めていたという。
顔は平たく、目が丸くて大きいなど愛嬌たっぷり。毛は長いから撫でた時の感触がよく、
そうしたことから江戸の女達に人気があったのだろう。
廓の句で「初会には よく吠えたなと チンを撫で」という川柳がある。

どうでもいいけど、初会とは遊女がとある客を初めて相手にすること。
そして遊女に気に入られると、その客は2回目の登楼を果たすことになるのだが、
これを「裏を返す」といった。3回目の登楼でやっと「馴染み」となり、
ここで初めて床入りにこぎつけるという訳だ。この川柳は客が馴染みとなって遊女が
飼っているチンにも吠えられなくなった、という意味の句。
まあ、客が己を自慢している鼻持ちならない句だといってもいいじゃないかな。

錦絵には女の着物にジャレている猫が描かれているが、猫も愛玩用としてよく飼われていた。
鈴の付いた首玉(首輪)を付け、エサはアワビの貝殻などに入れて食べさせていたようだ。
愛猫家のひとりに滝沢馬琴がいる。随筆集「燕石雑志」によると、馬琴は知り合いから
3歳の黒猫を貰い、それに野廬(のろ)と名付けて可愛がっていたという。
浮世絵師の歌川国芳は無類の猫好きで、数匹の猫を飼っていた。
それを懐に入れたり、膝の上に乗せたりして、常に可愛がっていたという。

そればかりか、猫を観察して猫の絵を数多く描いた。弟子にも猫を写生させ、
絵の基本を叩き込んだといわれている。こうなると単なるペットとは言えない気もする。
その他、小鳥をペットとして愛玩する人もたくさんいた。江戸中期には専門の小鳥屋が現れ、
飼育法などの本も多く出まわったほど。1710年に出版された「喚子鳥」という本には
ウズラやツグミ、モズ、ヤマガラ、ウグイス、ツバメ、スズメなど、様々な小鳥の飼育法が
紹介されているので、小鳥の好みも多様だったことが判る。

1799年刊の「百千鳥」には鳥を飼うと「朝早くから起きて食事がよく進むし、
昼間の長い時間でも退屈する暇がない。鳥のさえずりを聞いて詩歌の種を探し、
いさぎよい暮らしぶりに、中風の病も避けてしまう」と、その効用を
必要以上に強調している文章も残っている。まぁ、何はともあれ多くの人々は
素直に鳥の声や姿に魅力を感じて可愛がっていたようだ。

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写真1
本体である寺の方はいかがわしくてお世辞にも勧めないのだが、
調度品というか、こういうものはなかなか凝っていて飽きない。
(中区福生院
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写真2
陽の光に包まれて耳が欠けてはいたがナントも可愛い狐だった。
こういう小品でも見て廻るというのがいいと思う。
(西区大師寺
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写真3
デンとふんぞり返って「どうだ」と言わんばかりの狐だった。
しかし、概して狛犬に比べて狐の方は芸がないんだよな。
(中区若宮八幡宮
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写真4
今まで見た中では最高だな。元々あった木の狐像が壊れて、
修復作業に陶器の狐像を持ってきて合体したなんて。
(名東区貴船神社
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写真5
上の狐の有に10倍以上もあろうかという大狐だ。
しかし、若宮八幡宮の狐みたいに威張らず、気取らず、自然体だったな。
(中区安用寺
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写真6
若宮八幡宮の狐に相い通じるものがある。
どうでもいいけど、こういうひな形は誰の発案だろう。
(北区下飯田六所社
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写真7
顔までは判らなかったが拝殿の屋根の上にも狐はいた。
拝む我々を秘かに覗いていた。
(千種区お千代保稲荷
by tomhana190 | 2006-02-27 15:34


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