名古屋巡礼記:19

京都府北部(前編)

真布伎神社(久美浜町三分)
この神社、三分という集落にある2つの神社のひとつ。ちなみにもうひとつは
ここから直ぐのところにある天満宮と言う名前の神社だが、見ていないので何にも語れない。
この神社、道路から少し上がった所にある10軒ぐらいの集落の真ん中にひっそりと佇んでいた。
といっても境内は大きくなく、入口に鳥居、奥には拝殿があってこじんまりとしている。
回りも見回すと何だか寒々としたとこだった。初めて見たこの地方の狛犬は
別段変っているという感じはなく、この狛犬どう見ても戦前に奉納されたものということは判ったが、
惜しいことに奉納年月が台座に彫っていないので細かいことは判らずじまい、残念。

七面神社(久美浜町佐野)、比沼麻奈為神社(峰山町鱒留)
比治山峠を挟んだ久美浜町と峰山町にあるこの2つの神社、地図にははっきりと
所在が明記してあったのに、いざ実際その近くに行くと影もカタチない。
「バカな、そんなこと」と思ったがないものはしかたがない。その辺りで誰か暇人はいないかと
見回してみてもひとっこひとり佇んでいない。まさしく無人の部落なのだ。
それ以上、調べる方法もないので後ろ髪を引かれるように立ち退くしかなかった。

住吉神社(大宮町善王寺)
近くには大宮城の城跡もあって、昔から人々の往来があったというところに
この神社は建っていた。また近くには毘沙門天神社という変わった名前の神社も
あったが立ち寄ってないのでこれまた失礼。最初に思ったことはこの神社にお参りするなら
この季節がいいということだ。何故なら境内全体を銀杏の黄色い落ち葉が敷き詰めてあって
ことのほか風情がある。しかし、あるものといったら鳥居が2対、灯籠が1対、
拝殿兼本殿が1棟、狛犬も1対だけのたこじんまりとした神社である。
拝殿もこの地方独特の建物で、私から見ると何だか神社という気がしてこない建物でもある。
ここの狛犬は案の定、真布伎神社にある狛犬に似ている。
どうでもいいけど狛犬に付いた海苔のようなコケも似ている。

籠神社(宮津市大垣)
籠神社(このじんじゃ)は奈良時代の養老3/719年に丹後一の宮に定められた丹後第一の大社。
この神社の歴史は神代の時代までさかのぼり、伊勢神宮の元になったとされている。
何でも伊勢神宮はここから伊勢へ移されたので、籠神社は元伊勢とも呼ばれているという
(この部分は眉唾のような気がしないでもなかった)。場所はというと誰でも知っている
日本三景「天橋立」の北側の付け根に天橋立の方を向いて建っている。
行ってビックリしたんだけど、この神社を訪れる観光客の多さといったら尋常の数ではない。
観光バスを何台も列ねて入ってくる。駐車場もスーパーぐらいの広さはあって、
そこに待ち構えているのが駐車料金徴収人である爺さん。テキパキとさばいている爺さんには
申し訳ないがあんまり見たくない図である。しかしよく考えてみると、
この神社はこの地方の人々から鎮守として守られてきた神社であるばかりでなく、
それ以上に中国人をはじめどんな外国人にも何の抵抗もなく入ってこられる
ピッカピカの観光地なのだから仕方がないと言えば仕方がない。
中華麺みたいな長いものにはただただ巻かれるしかない。

神殿前の石段の脇にある狛犬は何でも鎌倉時代に作られたもので、
石の狛犬では日本一とされているという。畏れ多くも国指定の重要文化財のかけ声も高い
有名な狛犬。私としては今回一番の目的がこの狛犬を見ることだったから、
何処にいるのかと隈無く探そうと思った。そうしたら思ったよりも簡単に、
場違いな感じで日よけの為の立派な屋根を付けられ、あたかも人寄せパンダみたいに
唐突に門の脇に置かれているのを見るに付け、ますますこの神社に対する尊敬も期待も
打ち砕かれたような気がした。「こんな置き方するんだったら本殿の中にしまっておけ」
と言いたくなっていた。拝殿に続く参道があたかも竹下通りみたいに大勢の観光客が
我れ先にと争っているのを見ると、失礼ながらお参りをする気も失せてしまう。
「ここはこういうとこなんだ」と自分に言い聞かせるしかなかった。
追伸、拝殿を過ぎてしばらくいったところにいた狛犬は尻上げタイプの狛犬は
年季が入っていた。こういう誰からも気に止められないところにこそ
気に止めなければならない大事なものがちゃんといるものだ。
《05.12.5》
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写真1:落ち葉が積もって風情のある住吉神社だった。
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写真2:コレが籠神社の狛犬、見るからにヒョウキンな顔をしている。
by TOMHANA190 | 2006-02-01 15:43


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