心の曼陀羅:15

春の花見

e0041354_7115113.jpg
長島藩の年中行事というのはいろいろあったが、
その内、最も楽しみとされていたのは春の花見の宴であった。
この時は上下なく無礼講の形でそれが行なわれた。
特に元禄時代、ずっと下がって文化文政の頃も盛んであった。
ここには桜の大木が7本もあって、
その両脇にしだれ桜の見事なのが馬蹄形に広く植わっていた。

御台所では藩主、即ち殿様と、その側近衆、それに町役人や
出入商人の主だった者、それに飛び地の関係者、更に遠くからの親族が加わった。
この場所ではこうした一団の花見が華やかに催され、
もうひとつ、城中、即ち御城関係では
家老を中心にして家中の武士全員が東曲輪の広場でこれを催した。
都合2組の花見が同日同時に行なわれた訳である。

当日は桜の周囲いっぱいに御紋付きの幕が張り回され、
殿様の御席を中心に左右に丸く会席膳が並び、
これに赤い木杯がひとつづつ配られる。
春衣を美しく着飾った御女中達が次々に運ばれてくる御馳走をそれに加えてゆく。
こうした準備次第を見ているだけでも春の嬉しさがみなぎるのだった。
この辺りでは「花押踊り」という踊りもあり、
品玉という手品師によって行なわれる手品、
その他、余興もたくさんあって賑やかであった。

醍醐という名の桜は大枝から幕の下まで白く広がり、爛漫の春の趣に揺れる。
殿様をはじめ、伸び伸びとした家臣達の表情は張るの喜びそのものであり、
やがて、朱の酒樽から受けて注がれる黄金の美酒は喉に甘く染込んで、
今ぞ泰平の世の歓びをしみじみと噛み締める時でもあった。
御殿下から遥かに見える木曽川沿いの八剣神社。
そこに咲き乱れる桜に集まる領民達がいた。
この時ばかりは日頃の忙しさを忘れて、皆が今が盛りと咲く桜の花に見とれていた。
この日こそ、まさに武隆桃源の粋に酔い続ける本当に楽しい一日であった。
[PR]
by tomhana190 | 2006-05-26 07:18


<< GOB備忘録:35 名古屋巡礼記:70 >>