私の読書感想:17

他人の領地を通行する参勤交代

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《基礎知識:2》
参勤交代という制度の下で諸大名は必然的に他人の領地を通行することになる。
道は天下の大道、誰が通っても構わないようなものであるが、
しかし、他人の領地にある道を通る場合、そのような建て前では済まなかった。
当然、通る方は気を遣った。

他大名の領地を通る時、行列からは原則として前もって使者を派遣した。
秋田藩の記録によれば、使者は御供の歩行頭か御膳番から選ばれたという。
白河藩主松平大和守へ使者に遣わされた時の記録がある。
それによると、御徒頭後藤理左衛門は行列に先立って白河まで行き、
白河町宿の本陣春山与惣右衛門を先立ちに頼んで、
取り次ぎの者へ口上を述べた。
「今度領内を通行いたしましたが、道橋等のお掃除仰せ付けられ、
人馬の通行に御配慮いただいたこと、かたじけなく存じます。
大和守様が江戸におられるので、申し置いておきます」というものだった。
そして後藤はそこから昼休み所の矢吹へ直行し、矢吹から再び供に加わった。

しかし、気を遣ったのは通る方ばかりではない。通ってもらう方も気を遣う。
ここでも大和守は佐竹氏の通行のため
道路や橋などの掃除を命じているようである。
この時は藩主が江戸にいたため、口上を申し置いただけだが、
藩主が国許にいた場合はもっと煩雑な儀礼があったという。
江戸初期には親しい大名が領内を通行する際には
是非とも城下に立ち寄ってくれるように使者を遣わしている。
儀礼的なものだからそれに甘えてよいかどうか、なかなか難しい。
本当に立ち寄ると実は迷惑だったということもあるし、
断ると失礼に当たる場合もある。
だから、このような場合はどうするかの作法が必要で、
ほどなく他藩の領地を通行する時には相手の藩主の方から使者が遣わされ、
贈り物を提供されるという慣行が定着した。

秋田藩では出発前に次のような指示を出している。
国持大名の佐竹氏の格式では城主からの使者には殿様が拝謁を許し、
交代寄合(参勤交代を許された旗本)である那須衆や幕府代官衆からの使者には
取次ぎの者を介して通行の御礼を伝えることになっていた。
このように相手による扱いの違いは厳密に守られていた。
とにかく領内を他大名が通行する時はむしろ通行される方が気を遣い、
道路の掃除などの御馳走をすることが多かったという。


歴史書籍03:新大岡政談
◆笹沢左保著 ◆昭和59年発行 ◆新潮文庫 ◆定価480円

e0041354_7195841.jpg大岡忠相の家は代々2000石の旗本だった。そんな忠相は御書院番、御使番、御目付を経て江戸幕府の遠国奉行のひとつである伊勢山田の町奉行となった。この時、長い間棚上げにされていた松坂(紀州藩領)の農民と山田の農民との土地争いに厳正な裁定を下したことが評価されて、江戸町奉行に抜擢されたという。すなわち、歴代の山田町奉行が徳川御三家の紀州藩に気兼ねして裁けなかった係争に厳正な、しかも紀州藩には不利な断を下したことが、かえって紀州徳川家出身の吉宗の好感を買い、吉宗が8代将軍に就任するや、江戸町奉行に抜擢された。

そんな大岡忠相の活躍する「大岡政談」だが、ほとんどがフィクションで江戸時代の裁判説話や中国の小説などを元に潤色されて書かれた話だという。そんな訳でこの「新大岡政談」も作者が作った作り話であり、いわゆる史実ではなく小説である。話の内容は町人侍である水木新八郎が登場し、白刃が舞い、血飛沫が飛び、退屈になりやすい裁判劇がドラマチックに展開されている。しかし、そこからは江戸幕府の行政組織や機能など、歴史的事実としての江戸学を充分学ぶことができる。まさに時代小説の醍醐味を堪能することができる小説でもある。
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by tomhana190 | 2006-05-24 07:21


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