心の曼陀羅:06

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大政奉還

「おぬし、これからどうする」
「さて、考えもつかぬの〜」
「江戸へでも出るか、それとも遠い親戚でも頼って、
百姓にでもなって生まれ変わるか」
「頭の痛いことであるの〜」
2人の30歳前の侍が大垣城の守り神でもある常葉神社の鎮守の森から
すぐ脇を通る登城坂を話し合いながら下ってくる。
秋もようやく深まった大垣城下、
今ここは維新前の色々な風評や騒ぎで皆落ち着かぬ日々であった。

「どちらにしても、身の振り方は考えねばならぬの〜」
「江戸でもよいが、色々な事が起っているようではないか」
「…迷うの〜」
「迷う」
今日の彼等は上下姿ではなく、羽織袴の普段着のそれであった。
目付支配下のこの2人も、もうお役目も終わったようなもので、
そのお勤めのことよりも、先々の事が心の全てを占めているようである。
今日はお城で最終的な会合でもあったらしく、
それも簡単に終わって家へと戻りつつある2人であった。
「大政奉還」という絶対的なそれは、
こうした地方大名家の同時崩壊でもあることにおいて、
家臣として勤めた者は、いわゆる武家捨てとなり、
上下を問わずその不安は想像を絶するものであった。

「この坂をもう二度と登ることもないであろう」
「巨大なものが崩れてゆく訳だ」
2人は高いお城の方を振り返って見た。
城山は秋の枯色も濃く、烏の鳴声と共にそれはしみじみ身に堪える思いである。
西へ東へ、離散してゆく家臣達。
「おのれはどうしたものか」2人の表情は冴えなかった。
「元気を出そう、拙者達はまだ人生の半ばではないか」
そう言った方は城の方へまた振り返って、両腕を高く天に突き上げる形をした。
彼等にこの慶応3年の秋ほど、身に沁みて淋しい秋はなかった。
名城大垣城も、もう霧だけを残して、ここに長い歴史を閉じることになる。
2人は感慨の面持ちで、しばしそこに立ち尽くした。

この時から130年余の歳月が流れた。
今日の今、ここ大垣城に見る石垣と巨木の強い噛み合いは
そのいずれもが共に原始の昔にでも立ち返ったように
重く暗い風景となってそこに見える。
果たして、この前で語り合った、あの若き侍2人。
その後どのような生涯を送ったことであろう。
間もなく音を立てながら降りてくる白い霧に、
それを尋ねてみたい思いであった。
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by tomhana190 | 2006-04-01 10:35


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