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心の曼陀羅:09

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逆さ滝

一頭の馬が大将陣へと駈け登って来た。
苗木城攻略軍からの急連絡のようである。
背に朱のぼりをひるがえしながら騎馬武者は息せき登りきて、
「申し上げます、申し上げます」と大声で告げた。
大将陣は紋付幕が全台地に張り回されていて中は見えない。
幕外に6人立つ番卆のひとりが幕をめくって奥へ伝えた。
「入れッ」幕の中から大声が聞こえた。
連絡兵は馬を飛び下りると、番卆に手綱を渡し中へ入った。
中は幕が二重になっていて、そこに重臣が3人、
丸太を切った大きな台に腰を掛けて構えていた。
その横に20人余りの従者達が控えている。
連絡兵はその前に急ぎ腰を折って片手を地に突き一礼した。そして一言
「北側を打ち崩しました。その中に斬り込み中、と連絡せよとの命で駈け参じました」
「何ッ、北側を打ち切った、それはしたり、すぐ柴田、駈け参ると申せ」
「はッ」連絡の騎馬武者は急ぎ出ていった。
「殿ッ」重臣筆頭である武人は殿に告げるべく
更に奥幕に控える総大将の許へと入っていった。

大将陣陣営。ここは苗木城と相対するが如く位置し、
城山全体が望見できる誠によい地形であった。
ここを本陣とした攻略軍はこの陣営いっぱいに幕を張り巡らし、
その中央に丸太で高櫓を組んでいた。これは更に城見をよくする為の櫓であった。
ここには常に4〜5人の望見役が立って城山の状況監視を怠らなかった。
幕外には数十本という紋所を染め抜いた藍色ののぼりが立ち並び、
如何にも威風堂々の配陣であった。
兵糧置場は西側台地下の広場に作られ、そこには大釜が12も作られ、
そこからはいつも煙が立ちのぼっていた。

城山を取り囲む山麓にも、いわゆるこうした兵糧小屋、兵舎が立ち並んでいた。
兵舎も生木で組まれた屋根だけのものに、
遠くから運ばれたきた藁束が高く積み上げられ、防寒に備えられていた。
2万を越す軍勢、馬や兵糧他。特に兵糧は各地から徴発されたそれらが、
牛馬の背で苗木へ苗木へと列をなして運ばれていた。
長期に備えてのそれは大変なものである。それが苗木城下の平地という平地に散在していた。
これを統括するのが大将陣であった。今、その陣営に吉報がもたらされた訳である。
即ち、城塞の北側を破ったという知らせである。
正にこれは、大将陣にとっては夢かと思うほど大吉報であった。
「皆のもの、静かにいたせ」総大将が幕内より現われてきた。
それに重臣が続いて現われ、総大将の両脇に控えた。
大将はすぐに差し出された床机に腰を下ろした。
ただ今午前10時、彼が目前にする城山は深い霧に包まれていたが、
それが少しづつ南に向かって吹き上げるように動き始めた。雄大な景観である。

のしめの胴着、黒い鎧、赤い陣羽織、鉄の兜、黄金色の太刀、小豆色の軍扇、
この出で立ちの総大将は悠然として床机に掛け、霧の晴れゆく様を睨んでいた。
「鉄の堅塁も、遂に焼きが回ったか」総大将は声だけで大きくあざ笑った。
「間もなくでござりまするの、小癪にも手間取らせよった」侍臣のひとりが言った。
対峙して既に久しく、思えば今日この日をどれだけ待ち望んできたことか、
彼はいかにも満足げな表情で、なお城を睨んでいる。
霧は次第に城山を引き払うように大空へとのぼっていく城が完全に姿を見せてきた。
「籠城の者は皆殺しにしてくれん」
彼はやがてこの口から発するであろうその言葉を、今小さく口籠ってみた。
とうとうその時がきた。彼は涙ぐむ程の面差しであった。
霧が完全に晴れたかと思ったその瞬間、
城や山の中心から轟音とともに黒煙が逆さの滝のように大きく立った。
その下に軍勢のどよめきの声が波状となって大将陣に伝わってきた。
「おい、あれはどうした、あれは何だ」大将陣の者全体が総立ちとなった。
「敵か、味方か、あの音は何だ」口々に叫んで大黒煙を見守った。
ただし、それは束の間のもので、やがて消えた。
よく見れば、城山も城も、別段変ったことはなく、前方に静かにあった。
恐ろしくも不思議なことに、それは幻覚であった。

「よし軍議」総大将はそういいながら幕内へと入った。重臣がそれに続いた。
しばらくの後、再び総大将を中心に皆が現われてきた。
総大将は軍扇を振りかざしながら「馬を引け」と怒鳴った。
「この方もだ」陣営の中の壮年武将達が手を挙げて合図した。馬が10頭揃えられた。
これに跨がった総大将をはじめ10頭の軍馬は遥か城山の麓、
苗木城の守り神でもある室里神社のすぐ脇を通つて城へと向かった。
馬蹄の音高く土埃を上げながら隊は左に大きく迂回し、城山へと向かって駈け飛んでゆく。
意気、改めて高まった大将陣営、それを真っ昼間の大きな太陽が
キラキラと輝きながら強く日射していた。
by tomhana190 | 2006-04-01 10:32


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