名古屋見聞録:26

名古屋の地名「坂」/2

次にあるのが名鉄瀬戸線の始発駅「栄」から2つ目の駅の近くにある坂、
その名も「尼ヶ坂」。この坂には名前の由来にもなった話が伝わっている。
ここはかつて杉の木が覆い茂ったヒトケのない寂しい坂道だった。
そんな訳でどうも昔は辻斬りみたいな恐ろしいヤカラも出没したようで
通行人が幾人もここで亡くなったようだ。
尼ヶ坂公園の西にある地蔵院は近くの久国寺の住職が祀ったもので、
辻斬りの被害者の霊を弔ったものという話が伝わっている。

文化年間の頃、この辺りに住んでいた美しい女性が青年武士と恋仲になり、
やがて男の子を身篭った。しかし、身分の相違から無理矢理別れさせられたという。
女性は世を捨て尼となって子供と2人で寂しく暮らしていた。
しかしある年の5月の雨の夜、どうしても男のことが忘れられなかった尼は気が触れ、
この坂道にある杉の木に紐を掛けて首吊り自殺してしまった。
残された子供はというと近隣の人に引き取られたようだが、
すぐ南側にある古社・片山神社の森を彷徨ってついに餓死してしまった。

その後いつしか、尼が自殺した坂を尼ヶ坂、子供が亡くなった坂を坊ヶ坂と
呼ぶようになったとのこと。坊ヶ坂は今でも細く曲がった坂で、訪れた日は
天気が良かったにもかかわらず昼間でも薄暗くひんやりとして如何にもというところだった。
今でもこの2つの坂では心霊現象が起こるといわれており、
聞いた話では地元の人の中にはこの坂を避けている人もいるそうだ。
現在、尼ヶ坂では辻斬りが出没するという話は聞かないが坂を通る際には
後ろから来る自動車に牽かれないようにくれぐれもお気を付けあそばせ…ドロロン。

次にあるのが名古屋にある坂で唯一地下鉄の駅名までになった坂「茶屋ヶ坂」だ。
この茶屋ヶ坂という名前を見ると
「昔ここの坂道には茶屋があって、行き交う人々の休憩所として繁昌していた」
という想像を誰でもするみたいだが、ピンポン!アタリ!
そう、茶屋ヶ坂という地名は昔、ここ山口街道の坂に1軒の茶屋があって、
(山口街道とは古出来より瀬戸まで通称名古屋道ともいった街道)
往来する人々が自慢の饅頭を頬張りながら休んだことから繁昌し、
いつしか地名にも残ったようだ。

ここでどんな餅が旅人に出されていたのか、旨かったのか、餡の状態は?
と興味は尽きないが又の機会に譲ることとして、一般的に台地に多くある地名は上野だという。
例えば東京では高台のことを「上野」下の低地部を「下谷」と呼んだように、
名古屋地区には茶屋ヶ坂のすぐ近くに「鍋屋上野」としてちゃんと残っている。
ちなみにこの鍋屋という地名は戦国時代から江戸時代にかけて
尾張の鋳物師(いもじ)を支配した水野太郎左衛門が以前この地に住み、
晩年再びこの地に住んだことから付けられた由緒ある地名だ。

だからこの辺り、江戸時代には鍋屋上野村と称して
『尾張徇行記』によると山口街道の通り道にあったことが見える。
地名からくどい話になってしまったが、話を戻して茶屋ヶ坂の話をもう少し。
この坂、なかなか勾配のある坂だ。
これくらいの坂だったらちゃんと名前に残してもいいと我ながら思った。
坂を登って上に行くと、そこにはけっこう広い茶屋ヶ坂公園という公園がある。
ここには茶屋ヶ坂池という溜池がある。休日にはこの池で子供達がのんびりと
魚釣りをする光景も見ることができる。ただ、それだけ。

話が変って、地下鉄「覚王山」駅の東北に月見坂町という街がある。
私の目的はもちろんこの街に残っているであろうその名も月見坂の写真を撮ること。
7時前だったので街の至る所で年寄り達の朝の散歩に出くわした。
擦れ違うのはいいんだが「あんた、足が悪いのにこんな朝早くから大変だね」と
きっとそんなことを思っているんだろうなという顔をしてイブカシがっていたが、
どうでもいい。ここ月見坂は何でも尾張藩の風流人達がワザワザここに来て
月を愛でたのでこの名が付いたという由緒ある所(近くには観月町というのもある)。

愛知学院大学歯学部の裏道を北に上がっていく。
途中、特別意味はないが「月見すし」という寿司屋がある。
そういえば昔一度だけ入ったことがある。入っただけで店のことは憶えていない。
その先を過ぎると大きな邸宅とか高そうなマンションが立並んだ、
そうここはハイソな人達が住むエリア。それにしてもここの坂は半端じゃない。
今回限りの私はいいものの、こんな街で上がったり下がったりを繰り返す人達の苦労を考えた時、
並み大抵のモノじゃないと思ったがまぁ他人事だからね。

しかしアクセクして登った割には上には何にもなくて、膝が笑っただけ。
それこそ「月見マンション」という日本人の考えそうな名前を見つけるだけ。
この辺りには松坂屋の創業者である伊藤家の時代遅れの超豪華別邸も
あるはずなんだがどうしても判らない。判ったところで入れるとは思わなかったけどね。
苦労多くして実りなしの坂ツアーだったという話。ではまた。
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写真:これが月見坂といわれる坂のアンバイ。
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by tomhana190 | 2006-04-01 09:19


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