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心の曼陀羅:12

御名代

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今日は奥方様がお殿様の御名代として草津の水口藩まで遠出される日であった。
お殿様は江戸参府中であり、事が事ゆえに先へ延ばす訳にもゆかぬので、
奥方のお出ましということに合いなった。
というのは、水口の街を代々治めてきた加藤摂津守様の二女姫の御婚儀が
いよいよ迫ってきたので、それのお祝のためであった。

「雪になりましたな」
奥方はすっかり冬の身ごしらえで、そう言いながらお駕篭へと移られようとした。
その時、すぐ前の南天にかかった雪に気付かれて、
「おう、南天の雪が美しいこと」
新雪に軽く微笑みながらお駕篭の中へと入られた。
お駕篭の中は短冊まで掲げるようになっている綺麗な駕篭内である。
既にその中へは鉄の手あぶりが布団の上に置かれていた。
この鉄製の手あぶりまでが、亀山城の城魂となっている龍のあしらいであった。

お共には御女中が2人付いていた。
2人は旅の身ごしらえで、それぞれ足許は藁の深靴であった。
それにひとりは紅色、ひとりは紫色の女傘を手に持たれている。
近侍の侍が2人、お駕篭のそばに付いて行くことになっている。
それに駕篭担ぎ奴が4人、挟み箱、荷物担ぎが2人、計10名の一行である。

「では、御出立ちと致します」
御女中のひとりが言った。全部揃って出発となった。
一行は亀山の町中を通って東海道へ出て、そのまま草津方面を指して行くのである。
新雪は亀山辺りだけで、他所には降っていない模様であった。
初冬の風としては割合暖かく、かなわぬほどではない。
町中もお殿様ではないし、儀式めいたことでもない故に、
一行を見つけた者だけが畏まって低頭するという程度であった。

城の近くにある木立に囲まれた亀山神社の鳥居が見える。
子供達が遊ぶその脇を通って一行は尾根伝いに西へと向かう。
やがて亀山の町を離れて、田んぼの中の道をお駕篭が遠ざかってゆく。
安定の中の安定といわれた、寛永3年の初冬のゆっくりとした一点景であった。
by tomhana190 | 2010-03-08 16:12


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